「上るは三十四、五までのころ。下るは四十以来なり」
世阿弥に従えば自分はとうに下っているが、はたして三十四、五の頃、自分は如何ほどで
あったか、と考える。
今と比べればカラダははるかに自由に動いたし、新しい技術も面白いように修得できたから
稽古が楽しくて仕方ない。怖いもの知らずで押し出しも強いから舞台映えもしたはずだ。
しかし精神は子供のままであった。芸事を深く理解するだけのアタマがその頃の自分には
なかった。
もしあの頃に今のアタマを持ち合わせていたら名人の仲間入りができたかもしれない、
などとも思う。
物事の道理もわからぬまま跳ねたり回ったりしているうちに何時しか歳を取り、カラダが
言うことを利かなくなった頃に「ああ、こういうことだったか」と腹に落ちる。
カラダは動いた方がいいに決まっているが、物事の道理がわかるようになってよかったじゃ
ないか、と独り言ちる。